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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)3308号 判決

控訴人 日興信用金庫

理由

一、被控訴人主張の請求原因事実は当事者間に争いがないから、控訴人の相殺の抗弁について判断する。

二、債権者が、債務者の第三債務者に対する債権を差し押えた場合、第三債務者が債務者に対して反対債権を有していたときは、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、第三債務者は、差押後においても、右反対債権を自働債権として相殺をなし得るものと解すべきである(最高裁判所昭和三九年(オ)第一五五号、同四五年六月二四日大法廷判決、民集二四巻六号五八七頁参照)。金融機関の預託金返還債権を受働債権とする相殺について右と異なる解釈をすべきであるとする被控訴人の見解には左袒することができない。

三、不渡手形の債務者が銀行取引停止処分を免れるため、不渡異議申立とそのための金員の提供とを依頼し、その費用として提供金に相当する金員を支払銀行に預託する契約は委任契約と解すべきであるから、提供金が所定の事由の発生により支払銀行に返還されたとき委任事務は終了し、支払銀行はこれを預託者に返還すべきものと解すべきである。ところで、被控訴人所持の手形(その満期は昭和四三年二月二八日)につき提供された二五万円は、有限会社山崎鉄工所が銀行取引停止処分を受けたため、昭和四三年四月二三日社団法人東京銀行協会から控訴人に返還されたこと当事者間に争いがないから、控訴人の右会社に対する預託金返還債務の履行期は右同日到来したものというべきであり、これに反する被控訴人の見解は採用することができない。

四、他方、控訴人が山崎鉄工所との間の昭和三七年一〇月三一日付取引約定書に基づき昭和四三年一月三一日二〇〇万円を貸与し、その弁済方法として同年二月二九日を第一回として以後毎月末日限り一〇万円ずつ月賦で返済し、その最終期を昭和四四年九月三〇日とする旨約したこと、右山崎鉄工所が昭和四三年二月二九日に一〇万円、同年四月一日一〇万円の各支払をしたことは当事者間に争いがない。してみれば、控訴人は被控訴人の仮差押前から、山崎鉄工所に対し貸付金債権を有していたのであるから、相殺適状に達しさえすれば、右貸付金債権と前叙預託金返還債務との弁済期の前後にかかわらず貸付金債権を自働債権とし預託金返還請求権を受働債権とする相殺をもつて差押債権者である被控訴人に対抗し得るといわなければならない。

ところで、控訴人と山崎鉄工所との間に山崎鉄工所に対し仮差押等の申立があつたときは、山崎鉄工所は、その控訴人に対する一切の債務につき期限の利益を失う旨昭和三七年一〇月三一日約定せられたことは当事者間に争いがなく、山崎鉄工所に対し昭和四三年三月五日仮差押の申立のあつたことは前叙のとおりであるから、山崎鉄工所は前記貸付金債務について同日期限の利益を失つたというべきである。

ところが、控訴人と山崎鉄工所との間に、山崎鉄工所が控訴人に対する債務を履行しなかつたときは、控訴人に負担する一切の債務につきその期限の如何にかかわらず、控訴人に対する諸預金、積金その他の債務と何らの通知を要せず相殺されても山崎鉄工所は異議なき旨昭和三七年一〇月三一日約定せられたことは当事者間に争いがなく山崎鉄工所が控訴人に対する債務を履行しなかつたことは前叙のとおりであり、控訴人が右約定に基づく相殺予約完結権を行使し昭和四三年四月二六日現在前叙残貸付金元本債権をもつて前記預託金返還債務二五万円と対当額で相殺したことは、被控訴人が明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、控訴人が右相殺につき本件原審口頭弁論期日に被控訴人に通知したことは当事者間に争いがない。

以上の事実関係の下において、前記特約は、山崎鉄工所について信用を悪化させる仮差押申立等の申立がなされる等の事情が発生したときには控訴人の右鉄工所に対する貸付金債権について同会社のために存する期限の利益を喪失せしめ、直ちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意と解することができるから、本件自働、受働各債権は昭和四三年三月五日相殺適状が生じたものといわなければならない。そして、さきに説示したところからすれば、控訴人のした前示相殺の意思表示は、右相殺適状が生じたときに遡つて効力を生じたものである。

被控訴人は、控訴人が昭和四三年四月一日に山崎鉄工所から一〇万円を異議なく受領したから山崎鉄工所は期限の利益を喪失していないというが、山崎鉄工所は被控訴人が選択的に主張している仮差押申立により期限の利益を喪失したものであること前叙のとおりであり、山崎鉄工所が前記貸付金債務を完済し、その後も控訴人と通常の取引をしていることについては、これを認めるに足る証拠がないから、被控訴人の相殺権濫用の主張はこれを採用することができない。控訴人の相殺の抗弁は理由があり、本件差押、転付の目的となつた債務者山崎鉄工所の第三債務者たる控訴人に対する債権は全部消滅したというべきである。

五、よつて、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は全部失当として棄却すべきであり、これと趣旨を異にする原判決部分は不当であつて、これに対する本件控訴は理由がある

(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 園部秀信 森綱郎)

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